能登半島地震支援5回目 2024年10月

10月29日

投稿日 2024年10月29日(火曜日)

 

 10月29日。能登支援、第5回目。今回は、前回に引き続き、大工さん建築士チームで、出かけます。行き先は珠洲市正院町平床地区。平床集会所の補修がメインです。あと現地の要請に応じて住宅再建相談もしてくる予定です。 朝9時静岡出発。本日は七尾で泊まり。明日朝から現地で作業です。本日は4人、明日現地で1人増え、総勢5人のチームです。


10月30日

投稿日 2024年10月30日(水曜日)

 

 和倉温泉地区内の格安ゲストハウスに泊まりました。朝6時半出発、さあ、珠洲に向かいます。和倉温泉の街は、昨夜も、まだシーンとしてました。老舗ホテル加賀屋さんも営業開始にはまだ2年かかるとのことでした。


10月30日 平床集会所

投稿日 2024年11月2日(土曜日)

 

 10月30日、8時50分、現地、平床集会所到着。ボラキャンすずさんから来て頂いた3名のボランティアの方、当方チームの現場集合で来てもらった堀さんも加わり、総勢8人で、早速現場作業開始です。

 構造補強ですが、今回は3箇所、奥の南北の隅、厨房隔壁部分です。現状の表装材、床、天井を剥がし、下地材を加え、厚12mmの構造用合板を張り、構造壁にするという工事です。

 10月30日、平床集会所その後。お昼は今日ここに来る途中買ってきたお弁当を、皆で頂きました。

 午後ですが、それぞれ午前中に引き続き、鈴木さんチームは建物の南西隅の物入れ部分、栗田さんチームは北西隅の物入れ部分、堀さんチームは台所土間の隔壁部分です。いずれも夕方までにだいぶはかどりました。堀さんは本日まででしたが、担当部分を完成してくれました。鈴木さん・栗田さんチームは、床下から屋根裏までの補強ですので、時間がかかります。その上それぞれの天井裏には、巨大なスズメバチのハチの巣がありまして、その撤去なども行う必要がありました。(ハチはいなかったので、よかった。)ということで床を貼る部分が明日となりました。

 地域の道路などの様子ですが、幹線道路の補修はだいぶ進んだように感じました。能越自動車道は、一部夜間または昼間通行止め区間がありますが、一応2車線確保され、前回(7月初旬)はまだ1車線区間が多かったですが、だいぶ円滑に流れていました。珠洲市内の幹線も暫定的な段差解消で、時折予期できない上下動がありますが、スムーズに流れてます。 交通量は多いです。特に解体した廃材を運ぶダンプ、トラックが沢山見受けられました。

10月30日 住宅相談

 10月30日、午前に1軒と午後2軒、住宅相談に伺いました。平床集会所の現場は、大工さんチームにお任せし、片桐さんと私と、現地責任者の小谷内さんの3人です。

 最初は正院町海岸部のDさん宅です。お宅は、周囲よりちょっと上がった位置にあるため、液状化は免れていますが、地盤が不同沈下(隆起)しており、基礎に2か所ほど亀裂がはいっていました。その影響で屋内の一部が下がっており、柱が約2%強傾いていました。応急危険度判定は赤(危険)、住家被害調査では中規模半壊の判定です。 既に基礎への対処による修繕の見積をとっており、施工範囲により約500~1500万円の金額になっていて、金額もおおきく違うのでどうしたらよいか、という相談でした。こちらからの助言としては、床が下がっている家の西南部を対処すれば、良いのではないか。そして傾きが補正されたあと、現状で構造的に弱い部分の補強をする、ということでよいのではないか、ということでした。

 午後の1軒目は、岩坂町で、既に空き家になっているお宅でした。建物は3棟あり、うち真ん中の棟は、裏山が崩れて土砂がかかっており、それを取り除くことからしなければならないということです。この建物はご高齢の女性である所有者のMさんが既に金沢にいて、もう使わないので、移譲したいとのことでした。近年建てた大きなお宅で、設備も整っていてしっかりしたお宅なのですが、一旦は工費解体を申請した経過があります。このように十分使える、私からみたら素晴らしいお宅を何故壊さなければいけないのか。地震被害を受けたという事情もありますが、つくづく、なにかがおかしいと思いました。このお宅は、小谷内さんの尽力で、壊されることだけは免れています。これからボランティアの滞在場所、コミュニティのゲストハウス等として活用したいとおっしゃっておられます。結局このお宅に我々、泊めさせて頂くこととなりました。

 午後の2軒目は三崎町にあるAさん宅です。ここは7月に来た時に一度見せて頂きました。もう一度話を聞いてほしいとのことでした。Aさんは3月から仮設住宅に滞在しておられます。家は全壊判定です。2階建てですが、1階が最大4~5%とかなり傾いていて、通し柱が何か所か割れています。アドバイスは、前回と基本変わらないのですが、傾きの是正方法について、かなり具体的な提案をさせて頂きました。傾きの酷い方向について、押す箇所、引っ張る箇所のほか、建物内部で筋交い方向に突っ張り金具をいれ、それぞれの部分の傾きを修正しつつ全体を直す、とういう方法です。多分それで建物自体の傾きを修正し、通し柱等に添え柱をたてて、補強することです。Aさんは、この家は全壊判定で傾きもひどく住める状態ではないが、なんとか手を加えてあと10年は住めるようにしたい、この家で暮らしたい、ということでした。住まいについての思いの強さを感じました。


住宅相談に向かう途中

 10月30日午前、住宅相談に向う途中、正院町正院地区で、河川の護岸が崩れている箇所がありました。一月元旦の地震によるものと思われますが、そのままの状態です。また正院小学校に仮設住宅ができていました。体育館は壁が大破してますが、まだそのままです。

10月31日

 10月31日、朝から平床集会所の補修です。あわせて、今回新たなミッションで、能登建具救出作戦も始動です。実はSAVE IWATEの寺井代表からの要請で、始めるものです。今膨大な数の住宅の公費解体が進むなか、その住宅にある建具がけっこう立派なものが多数あるのですが、それが放っておけばみな瓦礫になってしまう。なかには漆塗りのものも結構あり、捨てるには忍びない、協力してもらえないか、ということでした。われわれも静岡で民家再生をしているので、その気持ちはよくわかりますし、実際に民家再生のなかで活用できることもありますので、お引き受けすることとなりました。特に静岡の松永設計事務所さんが協力して下さることとなり、今回初めてですが、約50本受け取ります。建具はあらかじめ集会所の物置に集められており、それをトラックに載せて静岡まで運びます。建具に傷がついてはいけないので、養生シートを挟んで平積みしました。

 

 昼前までに、構造補強の方の2箇所は完成しました。そして本日は、「ボラキャンすず」さんから、ニシカワさん、ヤマスエさんのお二人がボランティアで見えて下さいました。(ちなみに昨日はニシカワさん、ハラさん、アラキさんの3人)なんとヤマスエさんは大工さんということで、予定外の一か所を追加で工事していただくこととなりました。玄関と厨房の間の壁です。同日夕方までにほぼ仕上げて頂きました。(ビスは仮どめ)

 

 ということで、今回は4か所の補強工事ができました。構造評点は、正確にはわかりませんが、7月の前の段階で0.1程度、7月の作業完了時で0.4程度、今回完了時で0.65位は行ったのではないかと思います。目標は1.0なので大分進んできましたが、もう1、2回は必要かなというところです。(いずれも積雪荷重は計算外です) 昼には我々静岡チームの作業は予定どおり完了し、またお弁当を頂きました。ヤマスエさんは午後も引き続き作業をして下さるとのことでした。

10月31日午後

 10月31日午後、平床集会所の作業を終え、帰途につく前、周囲の状況を見ておこうということで、珠洲市蛸島地区と見付島を訪問しました。

 蛸島地区は海岸沿いで漁港もある集落ですが、歴史的な雰囲気もあり、有名なお祭りもあり、観光客もよく訪れる場所でした。しかしそれゆえに古い建物も多く、半壊・大規模半壊・全壊が全体の8割以上と、大変な建物被害を蒙っている地区です。建物だけでなく漁港の岸壁とかも大きな被害を蒙っています。

 今、震災からちょうど10カ月経過しました。ようやく建物の解体が進んできています。そして従来は集落の街並みがあったところで、すごく空き地が目立つようになりました。まだ瓦礫のままの宅地も結構あります。これから、住戸や街並みの復旧・復興はどのようになるのでしょうか?

 そのあと、10kmほど南西に向い、珠洲市でも一級の観光名所でもある見付島にも寄りました。ここは空海ゆかりの地で、縁結びの名所としても有名な観光スポットです。しかしながら見付島の切り立った崖が大きく崩落し、相当姿が変わってしまったのです。 津波も来たようで、護岸が一部損傷し、記念碑等も壊れていて、観光地としての復旧整備が望まれます。

10月31日帰路

 10月31日午後2時半ころ現地を出発し帰路につきました。行きには通らず、帰りがけに通った「のと里山海道」、けっこう被害のひどかったところですが、やはり仮復旧の工事がまた終わっておらず、最中という感じでした。  道路の段差もひどくて、走行も要注意でした。ただ、いちおう上下2車線は確保されていて、通行ができる状態とはなっていました。しかし盛土区間で、道路本体が、ほとんど壊れていますので、本格復旧は相当大変です。現在の通行状態維持しつつ復旧するとなると、新設よりも費用と時間がかかるのではないかと思われます。

 それと震度5、6程度の状況で、ここまで壊れてしまってよいのかと思います。設計・施工の基準、あるいは施工管理などに問題があるのではないかと推測されます。静岡でもこのタイプの高規格道路は、伊豆方面など結構ありますので、心配です。  行きがけの道路・交通の印象は、結構復旧してきているという感じだったので、帰りがけには、いやいやまだまだという印象をもちました。

 東日本大震災でも高速道路・高規格道路は、壊れずに地域の安全な避難場所・動線になったり、復旧・復興時にも、主要な交通動線となっていました。能登半島では、これらの道路が広域で背骨にあたる幹線であるだけに、このような事態を目にすると、ほんとに心配になります。静岡県も伊豆半島があり、伊豆縦貫道がその役割を果たすことになります。伊豆縦貫道はまだ建設中ですが、ぜひ能登の状況を踏まえた整備を進めてほしいと思います。

 というようなことを思いつつ、18時くらいにひるがの高原SAで夕食をし、富士まで帰る大工さんチームとお別れし、静岡には夜10時ころ到着しました。今回も ミッション コンプリ―ト!

11月1日 建具

 追伸。建具救出作戦ですが、11月1日、約50本の建具を、松永設計事務所さんに引き取ってもらいました。写真は松永設計さんで保管場所に運び込むところです。片桐さんにはここに運ぶまでお世話になりました。松永設計さんは所長さん以下、受け取りにご協力頂きました。 能登の建具、静岡で活かさせて頂きます。